■なぜ、いま『友だち幻想』か
―― 社会学者の菅野仁さんが二〇〇八年に書いた『友だち幻想』というちくまプリマ-新書が、ずっとロングで売れてはいたのですが、昨年、朝日新聞で地味だけど売れ続けている本があるという記事が出たことで注目を集めて、今年四月に又吉直樹さんに『世界一受けたい授業』(日本テレビ)でご紹介いただいたこともあって、いまや20万部を超えるヒットとなっています(八月一七日現在、30万部超)。
今日は、一〇年前に書かれた本がいまなお、というよりむしろいま売れているという不思議な現象について、精神科医である斎藤環さんとアイドルのプロデュースなどで、ふだんから若者、特に若い女子たちと身近に接しているもふくちゃんこと福嶋麻衣子さんにお話しいただけたらと思います。
斎藤 僕も似たようなテーマで『承認をめぐる病』という本を書いたことがあって、すごく同意できるところが多かったです。僕らが思春期だった四〇年くらい前と比べて、いまの若者はだいぶ生きづらくなっているんじゃないかと思うからです。
ひとつには、過剰につながっているきつさがあります。『友だち幻想』ではメールに即レスしなければいけないという例が引かれてますけど、いまだったらLINEの既読に即レスですよね。つながることへの強迫観念がかつてなく高まっていて、そこに適応していくのがしんどいという話を良く聞きます。
一方で、もちろんつながることの良さもあるわけで、ただ過剰な接続は良くないと言うと旧世代のお説教になるので、両面を見ていく必要がある。古市(憲寿)さんが言うように、いまの若者はそこそこハッピーなんです。世論調査をすると、若い世代の幸福度(生活満足度)は年々上がっていて、75%が現状に満足している。バブル期に比べたら、おそらく貧乏だけど、特に贅沢への欲望もなく、まったり家飲みとかして暮らしている。それで満足できるのは、つながっているからです。消費をしなくてもつながっていれば満足なので、幸福を獲得するコストパフォーマンスが非常にいい(笑)。スマホや各種SNSがそのライフスタイルを支えてくれている。つながりがつらいと言っても、そのすべてを捨てろとは言えないわけで、僕としても向き合い方に悩むところではあります。まさにその世代と日々向き合っている福嶋さんとしてはどう思われますか?
福嶋 わたしの周りでよくあるのは、オタク友だち的なつながり方ですね。クラスではひとりぼっちでも、ネットにはたくさん友だちがいるみたいな。
斎藤 周りの若いひとはやっぱりオタクが多いのでしょうか。
福嶋 ほぼオタクです(笑)。わたしの周りが特殊な環境なのかもしれないですけど、今はオタクのあり方も変わってきていて、ふつうに生きているだけでもけっこうオタクになっちゃうんですよね。アニメとかマンガ、ゲームって、特にオタクじゃない子でも消費しているので、アニメとかの話で仲良くなるんです。でも、アニメの話以外では特に仲良くしないというのもあって、そのへんはいまっぽいかな。アニメ友だちとかモンハン友だちとか、ディズニー行くならこの子と、みたいな。それぞれに薄く友だち関係があるという感じです。そういう部分部分での仲間を見つけて人間関係を上手にやり過ごす技術は、中学生だとまだ難しいですけど、高校生くらいになってくるとできるようになってきますね。
斎藤 高校生になると違いますか。
福嶋 そうですね。高校になるとやっぱり付き合いも広くなって、限られた友だちとだけ付き合わなくてもいいんだなとわかってきますよね。だんだん自分の好きなこと、やりたいことも見えてきて、趣味の合わない子と無理に付き合わなくていいってわかってくる。
斎藤 高校でもうそれだけ変わるんですね。
福嶋 中学は最悪ですね。わたし、中学の三年間って学校行かなくていいと思ってるくらいです(笑)。
斎藤 不登校が増えるのも中学からですしね。
福嶋 いまみんな普通に中学受験するから、自分が馬鹿なのか賢いのかふるいにかけられるプレッシャーがありますよね。志望校に入ればいいけど、落ちたら人生初めての挫折を感じてしまう。
2008年の刊行から10年経ってなお注目を集める『友だち幻想』(菅野仁、ちくまプリマー新書)。ひきこもりのエキスパートにしてポップカルチャーにも造詣の深い精神科医・斎藤環さんと、でんぱ組.incやわーすた、虹のコンキスタドールなどの辣腕プロデューサーである福嶋麻衣子さんに、現代の若者や子どもたちの最重要課題と言っていい〈友だち〉〈つながり〉をキーワードに、いまなぜ『友だち幻想』か?をお話しいただきました。