フェイクニュースはどこから?
前回、フェイクニュースが私たちの未来を歪めるというお話をしました。実際にフェイクニュースが社会にどのように作用するのか、少しだけご紹介したいと思います。
今年9月、ある男性の訃報が欧米のメディアを駆け巡りました。アリゾナ州で死亡したと報じられた男性は、38歳のポール・ホーナー氏。先のアメリカ大統領選で、自ら「トランプ氏を大統領にした」と豪語していました。その理由は、彼が運営していたサイトにあります。
ホーナー氏は、例えば「ABCニュース」といったような本物のメディアのニュースサイトに似せた体裁で、いくつものフェイクニュースを発信していました。中にはトランプ氏に有利になるようなものが多く、トランプ氏支持者の間でよく読まれていました。
よく読まれていたというのは、FacebookやTwitterで拡散されていたということです。今やニュースはテレビ局や新聞社が自分たちの媒体を通じて流すだけではなく、SNSでいかにシェアされたかによって、その影響力が決まります。彼が発信したフェイクニュースに、「反トランプのデモ参加者が3500ドルを受け取っていた」という有名なものがありますが、これを信じた当時のトランプ陣営選挙対策本部長が自身のTwitterで紹介してしまうということもありました。
ですから、ホーナー氏のサイトがマスメディアではなかったからといって、侮ってはいけなかったわけです。彼は2016年11月、ワシントンポスト(こちらは本物)のインタビューに応じ、「自分のおかげでトランプ氏はホワイトハウスに行くことができた」と言い切っています。
ネットの情報を信じてしまう人たち
また、なぜそんなにフェイクニュースが拡散するのか問われ、こうも答えています。
「正直に言えば、みんな本当に愚かなんだ。彼らはただ次から次へと転送していくだけで、誰もファクトチェックすらしない」
SNSで流れてきたニュースがもし自分の考えを強調するものだったりしたら、多くの人がもっとこの「有益な情報」を世に知らしめようと、自身のアカウントに流す傾向がみてとれるわけです。そうして、自分たちの耳に心地よい情報だけが集まるネットワークはつながり、その中で情報の流通が行われる一方、耳障りな情報が流通するネットワークから孤立してしまうという懸念が出てきます。
実際、アメリカではこんな研究がありました。ハーバード大学バークマンセンター共同所長のヨハイ・ベンクラー氏や、MITシビックメディアセンター長のイーサン・ザッカーマン氏らが、「ブライトバート」という保守系インターネットメディアを分析したところ、その読者は他のメディアから隔絶した状態にあることがわかったのです。
ブライトバートは2007年に設立され、トランプ大統領の腹心と言われて首席戦略官兼大統領上級顧問まで務めたスティーブン・バノン氏が率いるメディアです。大統領選の時には、トランプ陣営に好意的な記事を多く発信していました。
ベンクラー氏とザッカーマン氏らはまず、予備選挙期間の2015年4月から本選投票が行われた2016年11月までの19カ月間、ブライトバートを含む2万5000のニュースメディアから配信された125万件の記事を抽出しました。その記事がFacebookやTwitterでどのようにシェアされたかを比較したところ、トランプ氏を支持するユーザーと、その対立候補だったヒラリー・クリントン氏を支持するユーザーとで、好むメディアがくっきりと分かれ、「真ん中」の位置にあるメディアの存在感がなかったことがわかりました。
特にブライトバートが発信した記事は、Twitterで4万回近く、Facebookで8000万回以上がシェアされていて、ニューヨーク・タイムズやワシントンポスト、CNNといった著名なメディアにも迫る存在感を示していました。
さらに、ブライトバートを中心とする保守系メディアは、それ以外のメディアに比べ、論調の幅が狭いという特徴もあったそうです。つまり、保守系メディアが発信する極端な論調の記事が、それを好むユーザーの中で繰り返しシェアされ、増幅していったことがみてとれます。
では、周囲から隔絶したメディア環境に、フェイクニュースが流されるとどうなるのでしょうか。その情報の真偽を確かめられるだけの環境がそもそもなかったとしたら。想像すると、ちょっと怖くなります。フェイクニュースがいかに私たちの判断を歪ませるかお話ししてきましたが、歪みを補正できる力を持つことが必要となるでしょう。
怖いことはすでに、起きてしまっています。2016年12月、ワシントンのピザ店「コメット・ピンポン」で発砲事件がありました。「コメット・ピンポンが小児性愛者の巣窟で、児童売春の根城になっていて、クリントン氏も関わっている」というネット上のフェイクニュースを真に受け、子どもたちを助けようとした28歳の男がライフル銃を持って店に押し入り、発砲したのです。
これは「ピザゲート事件」と呼ばれ、多くの人たちを震撼させました。フェイクニュースを本当の情報だと信じてしまうことが、リアルの世界にも大きな影響を与えるのだと痛感せざるをえませんでした。
デマを拡散した末に……
さて、冒頭に登場したホーナー氏ですが、亡くなったというニュースこそが、フェイクニュースではないかと言われました。9月27日にワシントンポストはこんな見出しの記事を配信しています。
Who do you believe when a famous Internet hoaxer is said to be dead?
(インターネットのホラ吹きが死んだと言われても、誰が信じる?)
初めにホーナー氏の兄弟がFacebookに彼の死を投稿したことがきっかけでしたが、当初はまたホーナー氏のデマだろうと言われました。結局、メディアが地元当局に確認し、薬物の過剰摂取が死因であることが広報されて、フェイクニュースではないとファクトチェックがされています。フェイクニュースを流してきた人物は、自らの死までもフェイクニュースにされてしまいそうになるという皮肉な結末を迎えました。
この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。