苦手から始める作文教室

第1回 自由作文のテーマをどう選ぶのか

芥川賞作家の津村さんによる、小学生から大人までの作文講座。津村さんの告白「実は作文が苦手です」から始まる衝撃の第1回。果たしてなぜ津村さんは作文が苦手で、それをどう克服しているのでしょう。

 はじめに、自己紹介をさせていただければと思います。名前は、津村記久子といいます。わたしの職業は小説家です。1978年生まれです。この文章が読まれるのがいつかはわかりませんが、たぶん40歳よりは年がいっていて、50歳まではまだ、という中年のメガネをかけた女がこれを書いているということで想像していただいてだいたいあってると思います。2021年のこの文章を書いている時点で43歳で、27歳で小説の賞をいただいて「小説家」と名乗ってよくなってから、16年ぐらいの間、小説を始めとした文章を書いて働いています。

 わたしは、絵本が大好きだった幼稚園の年長さんの時ぐらいに、こういうもの(絵本)を作る人、つまり作家になりたいと思ってから、陸上の短距離走の選手になりたいとか、先生になりたいとか、イラストレーターになりたいなどといくつか寄り道をしましたが、だいたいの時間は作家(小説家)になりたいと思ってすごしてきました。今は一応、その夢を叶えたということになるのですが、いつもどうやって文を書いたらいいかわからず、何を書いたらいいのかについて悩んでいて、あまりにも「なりたいと思っていた小説家」と自分がかけはなれているので、小説家になった今も「小説家になりたいなあ」とときどき思います。わたしの「なりたいと思っていた小説家」は、もっと悩まず、さらさら文章を書くはずだったのです。

 小説家の仕事は、まずは文章を書くことで、その次は、その文章を人に見せて読んでもらうことです。小説家が文章を書くと言うと、なんだか大げさに悩んで原稿用紙に向かっていたり、反対に涼しい顔をしてキーボードを打っていたりするような極端なイメージがあるかも知れませんが、基本的には学校の作文の授業で文章を書くこととあまり変わりはありません。みなさんが国語の授業で、先生に「××について書いてください」「自由に書いてください」と作文の課題を出されるように、小説家も、「××について書いてください」「自由に書いてください」「お話を作ってください」などと期限をそえられて誰かに言われて、それに向かって文章を書いています。なので、小説家が文章を書くことは、みなさんが国語の授業で、作文を書くことと基本的にあまり違いはありません。ちなみにこの文章だと、わたしは出版社の人に「2月中に作文について書いてください」と言われて書いています。

 それで、文章を書くことを仕事にしている身分で言うのもなんなのですが、わたしは文章を書くこと、つまり作文が年々苦手になってきています。書くことはないし、書きたいとも思わないし、だいいち書けるわけがない、と思うようになってきているのです。書き方も毎回わからないと思います。言いたいこともべつにないのです。それでも文章を書くのは、「それが仕事だから」と説明するよりほかはありません。

 小学生の頃、自分が何を作文に書いていたかは思い出せないのですが、ほめられることが多かったのでよろこんで調子に乗っていろいろ書いていたと思います。そういう人間が43歳になり、いよいよ作文を苦手とするみなさんと同じぐらい作文が苦手になってきました。

 今わたしが苦手なことの一つは、「自由に書いてください」と言われることです。みなさんの中にも、先生にこう言われることが苦手な人はいるかもしれません。友達に話したいことはあっても、わざわざ作文に書きたいことなんかありません。逆に、作文に書くなんていう手間のかかることをするぐらいなら、友達に話してしまいます。なにしろそのほうが、友達がそのことについて何か言ってくれるし、さらに自分がそれにコメントしたりして、一人で作文なんかを書くよりずっと楽しいからです。ただ一応このあたりの文章には「自由に書いてください」のヒントがあって、それは「自由に書いてください」と言われたら、「友達に話したいことを書く」か「友達に話したことを書く」で良いのでは? ということです。

 たとえばわたしだと「今住んでいる部屋の家賃を高く感じるので、引っ越しをした去年の10月から、おやつはコンビニかスーパーのPB(プライベートブランド。いろんな食品が出ています。おやつでいうと、そのコンビニやスーパーが、他のおやつの会社に頼んで作ってもらって販売しているおやつ。少し安いです)か、うまい棒しか食べていない」という話をよく友達にするのですが、「自由に書いてください」と言われたらそのことを書けばいいわけです。それで、最後にオチのようなものをつけたいと思ったら、そのことに関する自分なりのコメントを書きます。「PBとうまい棒で5か月くらしているけれども、べつに不満はない。日本のおやつのレベルは高い」とか「PBとうまい棒の価格になれてしまい、もう他の200円前後のおやつが高級品に思える」などと書いて終わります。

 ただ、これだけだと、「家賃が高いからPBとうまい棒しか食べていない。でもべつに不満はない」という2行で終わってしまいます。作文の課題では、「家賃が高いからPBとうまい棒しか食べていない」と「でもべつに不満はない」の間にいろいろ書かないと、先生が「書いてください」という枚数に届きません。その「いろいろ」については、次回で説明したいと思います。

2021年4月23日更新

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津村 記久子(つむら きくこ)

津村 記久子

1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞、2020年「給水塔と亀(The Water Tower and the Turtle)」(ポリー・バートン訳)でPEN/ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞を受賞。他に『サキの忘れ物』『とにかくうちに帰ります』『まともな家の子どもはいない』『アレグリアとは仕事はできない』などの著書がある。