おじさんの答え)見当をつけてるよ。
キミ、おじさんが耳が悪いって知ってるの? いや、知らないで訊いてるんでもいいけど。
おじさんはね、子どもの頃から耳が悪くて身体障害者です。ちゃんと身障者手帳も持ってます。障害者3級。障害のレベルは1級から7級まであるんだけど、いちばん軽いのは7級で、いちばん重いのは1級。
おじさんは3級なので、そんなに重くないと思うかもしれないけど、まぁ、補聴器はずしたら人の声はほとんど聞こえないレベルだね。話が聞こえないんじゃなくて、声が聞こえない。耳元で怒鳴られてようやく声が聞こえる感じだけど、なに言ってるのかはやっぱりわからない。
音でいうと、ドアを閉める音はなんとか聞こえます。そうとう乱暴に閉めてくれないとわからないけどね。あと、雨の音はまったく聞こえない。そうとう激しく降っても聞こえない。カミナリの音もどうかな。聞こえるときもあるけど、カミナリの音に聞こえないわけね。ゴロゴロゴロじゃなくて、なんか小さくウウウとか聞こえる。だからピカッと来て、ようやくカミナリだと気がつくわけだ。そういうレベルなんだけど3級。
耳がまったく聞こえない人を全聾(ぜんろう)と言うんだけど、それでも障害者2級なんだね。目がまったく見えない全盲の人はどうかというと、これは1級になる。要するに、障害のレベルでいうと、聞こえないよりも見えないほうが重い。まぁ、世の中のほとんどの情報が視覚的なものなので、聞こえないよりは見えない人の方が困るからだね。
耳が聞こえない人はどうやって聞いてるのか、ということだけど、聞こえないものは聞こえないので、聞き返すしかないです。聞き返して聞こえるんならいいけど、まぁ、おじさんの場合、1回目で聞こえないと、3、4回聞き返さないとむずかしいかな。3回とか4回とか聞き返すのは気が引けるでしょ、場もシラケるし。
ようやく聞こえたと思ってたら「お元気ですか」とか、どうでもいい話だったりするので、聞こえない場合は、ひとまずニコニコしてうなずいたりしてます。それが「お元気ですか」じゃなくて、「今日はなにでいらっしゃいましたか」とかいう具体的な話なのに、それをうなずきながらニコニコしてたら、「変な人」になっちゃう。
だからおじさんの場合は、初対面のあいさつのときとか、名刺交換したりするときに、「すみません、耳が悪いのでなにか失礼なことがあるかもしれませんが」とか言います。ま、必ずと言っていいほど、なにか失礼なことはするんだけどね。あまりにも目に余る場合は、周りにいる人がフォローしてくれたりする。そのフォローさえ聞こえてなかったりするんで、アレだけど、補聴器してるから聞こえるというわけではないんだね。補聴器しないよりはマシなだけで。
では補聴器してどういうふうに聞こえてるかというと、さっきの「今日はなにでいらっしゃいましたか」だと、「きょうはなでいらしりますかた」とかかな。「コーヒーと紅茶どちらにしますか」だと「こーひとこうちぃでどちらいますか」とか聞こえる。おかしいでしょ、文字にすると。あははは。だけど実際は笑ってる場合じゃなくて、相手が答えを待ってこっちを見ているから、軽くパニクってしまうわけだね。
つまり、言われた言葉が全部聞こえてるということはまずない。なにかの単語が聞こえたり、「それでもむかしは」とか言うフレーズがたまたま聞こえたりするだけで。そこから相手がなにを言っているのか判断するしかないというか、見当つけるしかないわけだ。ムチャクチャむずかしいでしょ。
見当つくものなんですか、と言われれば、見当つく場合もある。たとえば「どうですか、最近お忙しいですか」とかだと、これは会話のテンプレートみたいなものなので、「さいきん」とか「おいそがしい」とか聞こえれば見当がつくんだけど、「私以前いがらし先生とお会いしたことがありまして」とかだと、ちょっとむずかしい。
ましてや、「この町の隣に三月神社という有名な神社があるんですが、実はそこに――」とかだと、いきなり話題が変わるうえに、知らない名詞まで出てくるからまずダメだろうね。「じんじゃ」という単語ぐらい聞こえるかもしれないけど、「さんがつ」のほうは絶対無理。たとえ「さんがつ」と聞こえたとしても、会話の流れから、相手が「さんがつ」なんて言うわけないと思っちゃうんだね。
つまり、自分が聞き間違えていると判断してしまう。どうかな、耳が悪い人がどんなふうに聞こえているか、少しわかってきた?