入院中の義父を見舞った帰り道、お義母さんを病院の近くの有名なハンバーガー屋に誘ってみた。いつもお蕎麦やお鮨では面白くないかと思ったのだ。お茶の先生をしていて和食が好きなお義母さんが、巨大なハンバーガーに向き合った時、どんな風に食べてどんな感想を持つのか興味があった。
お店に向かって歩きながら話をする。
ほ「ハンバーガーなんて食べることありますか?」
母「それらしきものは食べてるだろうけどさ」
ほ「それらしきって?」
母「ハンバーガー定食とか」
ほ「あはは。ハンバーグ定食?」
母「っていうのかい? でも、なんだか落ち着かないね。ハンバーガーって、立ったまま食べるんでしょう?」
へえ、と思う。お義母さんの中ではハンバーガーは立ったまま食べるイメージなんだ。
ほ「店内に座れるから大丈夫」
母「なら、よかった」
やがて、お店に到着。食事の時間帯からずれているので、すぐに席に着くことができた。注文して、しばらく待っていると、私たちのアボカドバーガーが運ばれてきた。塔のような高さである。
母「これ、どうやって食べるの?」
ほ「このハンバーガー用の袋に入れてかぶりつくんです。でも、難しそうだったら、ナイフとフォークで具をばらして食べてもOK。女性はよくそうやってますよ」
お義母さんは巨大なハンバーガーをじっとみつめている。
母「でも、これはあれだね。食べにくくても全部一緒に食べるからおいしいんだよね。レタスはレタス、トマトはトマトじゃさ、意味ないよね」
おおっ、と思う。まさにその通りなんです、お義母さん。
で、彼女がどうするか、わざと手伝わずに様子を見ていると、ハンバーガーをぎゅっと潰して袋に入れ、大きな口を開けて果敢に食べ始めた。
ほ「どうですか?」
母「うん。おいしい」
ほ「よかった」
母「おいしいけど、これは恋人と食べるもんじゃないね。食べにくくて。ああ、でも、それが楽しいのかもね」
またしても鋭い意見だ。
ほ「ピクルスもどうぞ」
母「これは?」
ほ「西洋の漬け物です」
母「ふーん。面白い味ね」
そう云いながら、ぱくぱく食べている。と、不意に梅干しの話が始まった。漬け物からの連想だろうか。お義母さんは半世紀も前から毎年漬けているのだ。めちゃくちゃ詳しくて、今度はこっちがついていけない。なんとなく、負けた感じがした。
PR誌「ちくま」10月号より穂村弘さんの連載を掲載します。