全員がいきものががり
〈多根島から宇宙へ! 空に咲く花になれ!〉
川端裕人の新作『青い海の宇宙港』の主人公、小学6年生の天羽駆が通う多根南小学校の体育館の壁には、そんな垂れ幕がかけてある。多根島は宇宙港がある南の島。駆は地元の民家にホームステイしながら島の自然や文化を学ぶ宇宙遊学生だ。東京にいる家族の心配をよそに、一年間をここで過ごしている。
宇宙遊学というだけあって、宇宙港の見学や宇宙港で働く職員による宇宙授業など、宇宙好きにはたまらないカリキュラムが組まれている。もちろんロケット打ち上げだって年に何度も至近距離から見られる。
赤米の田植えや、川をせき止めて魚やエビをつかまえる「コイクミ」など町の行事ももりだくさん。ニワトリやウミガメ、宇宙メダカの飼育は5、6年生が責任をもって行う。全員がいきものがかりなのだ。
始業式の日、北海道からやって来た同じ宇宙遊学生の周太の発案で、宇宙探検隊が結成される。メンバーは宇宙にやたら詳しい周太とフランスからの帰国子女、萌奈美、地元に住む希美、そして駆。駆はどちらかといえば宇宙より昆虫や草花に関心があるが、周太の熱意にほだされて、いつしかロケットを飛ばす夢を実現しようと画策するようになる。
物語にはもう一人、主人公がいる。JSA・日本宇宙機関の技術者、加勢遥遠だ。ロケット打ち上げの夢を果たせぬまま、今は広報を担当するちょっと屈折した中年で、現役エンジニアのゾノさんや同僚の菜々と、こちらもロケットの打ち上げを夢想していた。
豊かな自然と最先端のサイエンスが共存する島に育まれ、成長していく子どもたち。ある日、宇宙探検隊は加勢ら多根島の大人たちを巻き込み、無謀ともいえる計画に突き進んでいく──。
「みなさん、この歴史的意義がわからないんですか!」
著者の川端裕人は『夏のロケット』(1998)以来、たびたび宇宙を題材にした小説を発表してきた。『夏のロケット』は高校生の時にNASAの探査機の火星着陸に胸を躍らせ、社会人になって自分たちの夢を叶えようとした大人たちの物語、いわば民間によるロケット打ち上げの可能性を描いた小説だった。
あれから10数年。日本でも2007年にロケットの打ち上げが民営化され、2012年にはアメリカの宇宙ベンチャー企業が開発した世界初の民間商用宇宙船が国際宇宙ステーションに補給物資を届けることに成功した。現実が小説を追い越したいま、新作『青い海の宇宙港』で描かれるのは火星への有人飛行前夜、半歩先の未来だ。駆たちがスペースシャトルを知らない世代であることは、加勢とほぼ同世代の読者にはいささかショックかもしれない。
1964年生まれの川端は物心がついた頃にアポロの月面着陸を目撃し、思春期にNASAの火星探査機の行方を固唾を呑んで見守った、宇宙の種を蒔かれた世代である。日本テレビに入社後は科学部の記者として、NASAでロケットの打ち上げをリポートしたこともある。
「中高時代は平和でした。そのうちアメリカでスペースシャトルが始まって、自分も大人になったら宇宙に行けると素朴に信じてました。92年に毛利衛さんが日本人として初めてスペースシャトルで宇宙に行ったときは、アラバマ州ハンツビルのNASAのセンターでリポートしてたんですけど、NHKがハイビジョンを持ち込んで宇宙授業を中継しているのを見て、他社の先輩記者が、でもさあ、あれってだめだよねってケチつけている。それを聞いて、バンッて机を叩いて、みなさん、日本人が宇宙から何かを語りかけるっていう歴史的意義がわからないんですかって声を上げたんです。みんな、そうだね、そうだね、ってわかってくれましたけど。うぶな記者でしたね」
ところがいつまでたっても自分たちが宇宙に行ける気配がない。スペースシャトルは事故や肥大化する予算が議会で問題になっていた。子どもの頃、明日にも宇宙に行けると思っていたのに、どうも話が違うではないか。
宇宙を夢見た世代から、当たり前となった世代へ
「このやろう。かくなるうえは小説で書いてやろう。そんな思いで書いたのが『夏のロケット』だったんです。国のものだった宇宙開発を個人の手に取り戻そうとしたんですね。90年代の後半から2000年代はじめにかけては、ぼく以外にもそういう作品がいろいろあったんです。ぼくの本と関係がなくもないとぼくが勝手に思っている、あさりよしとおさんの『なつのロケット』という漫画の連載が始まりましたし、小説では野尻抱介さんの『ロケットガール』や笹本祐一さんの『星のパイロット』、アニメでは『王立宇宙軍オネアミスの翼』、ダウンタウンの浜ちゃんが主演した『明日があるさ THE MOVIE』もそう。博士が飛ぶゆうたら飛ぶんやっ、てセリフがありましたね。映画のプロデューサーはぼくの小説を読んでたと思いますよ」
ロケットは自分たちが作っちゃいけないものではない。奪われた夢を取り戻そう。それが、高校時代に天文部ロケット班だった仲間たちが再会して夢を叶えた『夏のロケット』だった。
一方、『青い海の宇宙港』に描かれているのは町ぐるみのミッションである。宇宙を夢見た世代が、宇宙が当たり前となった世代に夢を引き継いでいく。
「『夏のロケット』は「個人」の話。今回は「みんな」の話です。宇宙は取り戻すものではなくて、もう当たり前にあるんです。アメリカではNASAありきだったのが、2000年代後半になって民間の宇宙開発が当たり前になった。ヨーロッパもそうです。日本は法整備が遅れて実際に手をつける人はほとんどいなかったんですが、衛星エンジニアの野田篤司さんが中心になって『なつのロケット団』という製作団体ができました。ここ数年、小型ロケット、アマチュアロケットが活気づいてにぎやかです。これは人類史的なことです」
アマチュアロケット集団だった「なつのロケット団」は堀江貴文の出資を得て、2013年2月にインターステラテクノロジズ(IST)を設立。今年になって丸紅と業務提携し、宇宙ビジネスにも乗り出そうとしている。
「ポルノグラフィティが『アポロ』で、僕らが生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号は月に行ったっていうのに、って歌ってるじゃないですか。アポロはすでに歴史なんですね。いまやアマチュアがロケットを打ち上げてるんです」
20数年前に宇宙授業の歴史的な意義を先輩記者に力説した川端は、いま再び、私たちが歴史の大きな節目に立ち会っていると指摘する。
世界一美しいロケット基地の日常
小説の舞台となった多根島は種子島がモデルだ。実際に宇宙留学制度があり、今年で21年目になる。川端が取材したのは2012年度の留学生で、彼らがいた1年間は季節ごとに種子島に出かけ、子どもたちと遊んだ。水循環変動観測衛星「しずく」の打ち上げも見学している。
駆がホームステイする茂丸家のモデルとなった家は、地元で採用されたJAXAの職員が引退後もロケットを見ていたいからといって買った家だ。青緑色の海と青い空を見渡せる丘の上にあり、大型ロケットの射点がまるまる見える。世界一美しいロケット基地だ。
「行ってみるとわかりますけど、本当にきれいなところで、そこに宇宙留学の子どもたちがいるっていうだけで胸にググってくるものがありますよね。町にはJAXA職員の官舎があって、コンビニがあって、飲み屋や黒豚料理の店がある。この店のおやじさんなんか、広報が知るよりも前に打ち上げ状況を知ってる、なんてことが起きる。島はどうしてもハレの日というか、ロケットの打ち上げのときにしか世間に注目されないけど、そうじゃない日にだって人の営みはある。それを書きたかったんですね」
親元を離れた子どもたちの成長物語というだけで甘酸っぱく胸が熱くなる。だが、イラストレーターのスカイエマが描く表紙の少年たちは、はつらつというより、期待と不安が入り交じる思春期特有の憂いを帯びた表情をしている。本書はもちろん子どもたちにも届いてほしいが、読者はむしろ大人だ。あのころの未来を置き去りにしたまま、忙しい現実を生きる「あなた」である。