まえがき ――三浦展
最初は「インスタ映え」と呼ばれる行動と消費の実態を調べたいと思っただけだった。しかし調査をしてみると、「インスタ映え」以上に面白い結果が見えてきた。その概要をまとめたのが本書である。
天笠さんとは2018年に、たまたまある仕事で知り合った。SNSなどメディア・コミュニケーションの専門家で、女子大の先生をしている天笠さんは、SNSのアプリにも、その利用のされ方にも僕の何十倍も詳しい。というか私は、本調査の質問項目で言えば「Facebook に近況の文章や写真を投稿する」か「Facebook の投稿を閲覧する」くらいしかしていない。
ところが若い世代はTwitter やInstagram で検索をするらしい。検索と言えばグーグルでしょと思っているのは中高年で、若い世代は検索手段としてTwitter やInstagramなどを使うという。こういう実態も探るべく天笠さんと共同で調査をすることにしたのである。
天笠さんはまず投稿やInstagram のストーリー、ライブ配信という発信の機能を利用する「Facebook 女子」「ストーリー女子」「ライブ女子」、逆に検索や閲覧を中心にSNSを情報源として利用している「検索女子」や「閲覧女子」を中心に分析を行った。
「Facebook 女子」は、その名の通り、Facebook を利用している女性たちだ。彼女たちは実は主要メディアの利用者の中では少数派であり、社会的・経済的に安定したポジションを築いた「上流」な女子たちである。仕事を頑張り、努力を惜しまない学級委員的な性質を持っていて、俗にいう「バリキャリ女子」と印象が近いだろう。
「ストーリー女子」は、Instagram の24時間で消える投稿機能(ストーリー)を活用している女子たちだ。寂しがり屋だが、その寂しさをモチベーションに積極的に社交をして、充実した対面的な人間関係を築いている。そうした人間関係の中での楽しい・充実した経験をストーリーを通して露出・発信している「リア充=リアルが充実した」女性たちだ。後で述べる「検索女子」とは対照的な類型である。
「ライブ女子」は少数派ではあるが、自らをコンテンツにネットを活用した生中継を行う最先端の類型である。身近な人間関係にストレスと孤独感を感じているが、そんなことで絶望したりはしない。むしろ、それを糧にすべてを前向きにとらえ、他者を助けながら、ワクワクを求め、自分をコンテンツ化し、ネットを活用したライブ配信を行っている。他者に頼らず自ら「居心地のよい新たな世界」を生み出そうとしているイノベーターである。
「検索女子」はTwitter で趣味やニュースなどを検索し続ける類型だ。未婚の検索女子たちは、家庭や家族など身近な環境に少々不満を抱えつつ、経済的にも安定しない。そんな環境の中、ここではないどこかを探して、検索を続けながら、シニカルに内省する感受性の高い女性たちである。いわゆる「こじらせ女子」に近いだろう。一方で、既婚の検索女子たちは、知識を編集し、新たな価値を生み出せるようなイノベーター層も多い。
「閲覧女子」は、Instagram で、自ら投稿をせず、ひたすら他人の投稿を見続ける類型だ。未婚の女性に多く、将来の具体的ヴィジョンはないが、何かしらの漠然とした不満や不安は抱えていて、それに対処するための「お金」を求めている。未だに根強い男性社会、そしてそれに合わせる形で勝ち馬に乗ろうとする女性たちの両方を批判的に観察しながら、現状に耐え、将来に備え続ける女性たちだ。
第2章のアプリの使い方から見えて来た類型としては「自己露出系」が最も私の興味を引いた。考えてみれば当たり前だったが、「インスタ映え」の中にはカフェの食事などをアップするだけのものの他に、自分を美しい風景、珍しい場所、楽しい場所などの中で自撮りしてアップするケースが多数ある。そういう自分を露出する「自己露出系」は、消費行動の面でもいわゆるインスタ映え狙いの消費者以上に積極的であり、注目すべき存在である。
また「金融系」のアプリを使う女性には夫婦共稼ぎで年収の高い「パワーカップル」が多い反面、「ゲーム系」「占い系」「マッチング系」「情報系」のアプリを使う女性には社会や生活に対してネガティブな態度を持つ人が多いこともわかった。つまり、簡単に言えば、どういうアプリの使い方をするかと、生活満足度や階層格差がかなり関連しているのだ。
さらに興味深いのは「自己露出系」の階層意識は年収に比例して上流が増える傾向が顕著であることがわかった点だ。彼女たちは、年収の増加によってファッションや化粧などの消費行動が派手になりやすいタイプであり、その行動を自撮りして露出することに積極的である。つまり彼女たちは、容姿や消費生活において自分を露出すべき存在であるという認識を持てるのであり、その自己認識自体が自信となって上流意識を持っているとも言えそうである。
また第3章では「なりたい職業」についての分析をしている。2007年に私は、スタンダード通信社と共同で「ジェネレーションZ調査」という若者調査を行い、15―22歳の女性に「なりたい職業」について質問した。「キャバクラ嬢が『なりたい職業』の9位!」ということで話題になった調査である(『ニッポン若者論』ちくま文庫)。
その調査を分析した時点で、どんな職業につきたいかは、その人の学力、能力、性格、容姿、価値観などと非常に強く相関していることがわかっている。今回の調査では、SNSの使い方となりたい職業にかなり相関があるのではないかという仮説があったので、質問をしてみたのである。
結果を見ると「ボディ系」という類型が最も私の関心を引いた。2018年頃から「筋肉女子」という言葉が流行っているが、それとも関連がありそうだった。またやはり「なりたい職業」にも女性の中での格差の問題が大きな影を落としているように思えた。
スマホの中のSNSとアプリに現れる格差について検証するために、利用するSNS別に階層意識を見てみると、「ツイキャスでライブ配信をする」「Facebook のストーリーを投稿する」「ニコニコ生放送でライブ配信をする」「Snapchat でストーリーを投稿する」「Twitter でライブ配信(Periscope)をする」「Facebook に近況の文章や写真を投稿する」「YouTube に動画を投稿する」「Instagram のストーリーを投稿する」といった行動をとる人 ―― つまり主に自分を主人公にして動画や写真をアップする人は、階層意識が上流意識の人(生活水準5段階で「上」+「中の上」)が2割以上いる(図表1)。
対して「Twitter で検索をする」とかニコニコ生放送、YouTube、ツイキャス、Twitter、Instagram などを閲覧する人は、下流意識の人(生活水準5段階で「下」+「中の下」)が多い。
また利用アプリと階層意識の相関を見ても、「ファッションアプリにコーディネートを投稿する」「自分の顔が映った写真をInstagram やTwitter、Facebook に投稿する」「料理のレシピや動画を投稿する」といった自分を露出する人は上流意識の人が多く、ゲームや占いをしたり、電子書籍を読んだり、音楽を聴いたり、映像を見たりする人は下流意識の人が多いのである(図表2)。
どういうSNS、アプリを使うかはかなりその人の階層意識と関連しているのだ。ということは、年収、学歴、職業、結婚、幸福度、生活満足度などとも関連しているはずである。ざっくり言えば、露出するべき何か(豊かな暮らしとか美貌とかスタイルの良さとか)を持った、少なくとも一見すれば幸福そうな女性たちが自分を露出し、それらをあまり持たない女性は自分を露出せず、露出する人々を覗いたり、単に読書、鑑賞、検索をしたりしているのである。
利用するSNSやアプリでこういう多様な女性像が浮かび上がるとは私は当初はまったく思っていなかった。何しろスマホの中のことなので、外から観察しても人が何に関心を持っているかわからない社会になった。
だが考えてみれば、スマホがほぼ100%普及し、多くの人が多様なSNSを使っているのだから、人間の多様な類型に即して多様なSNSの使われ方があるのは当然なのだ、今回の調査は、外から観察してもわからない多様性、格差などをある程度浮き彫りにできたと思う。