武器としての世論調査

【対談】菅野完×三春充希「選挙は最大の世論調査である――2019年参院選をどう見るか」
『武器としての世論調査』発売記念対談

参議院選挙が公示され、日本全国で各陣営が選挙戦を戦っています。
目下選挙活動の現場での取材を行っている著述家・菅野完さんと、各紙の世論調査結果をもとに最新の選挙情勢を発表し続けている『武器としての世論調査』著者・三春充希さんが、今回の参議院選挙の見方を語ります。
(2019年7月6日収録)

2019年参院選を見る

――参院選が公示されましたが、現在の戦いについてお二人はどうご覧になっていますか? 有権者から見ると、何が争点で、どの勢力とどの勢力が対立していて、どういう戦いが行われているのかよくわからない気がするのですが……。
菅野 争点は、と言われれば消費税と年金だけど、有権者には対立しているように見えてないですよね。
 実際には、この参院選は消費税10%になるかならないかを目前に控えた選挙です。それで与党に信任投票するってことは、「消費税10%でOKだ」って言ってしまうことになるわけですよ。逆に言うと、与党にNOをつきつければ、10月の増税をストップできるかもしれない。勝敗ラインを割り込むような結果を有権者が提出できれば。そうしたら、10月に衆議院選挙になるんでしょうけど。
 見る限り、自由民主党総裁及びその周りの執行部、それに追随する自民党の国会議員は「消費税を上げる」という姿勢が鮮明なわけですよね。その反対に「消費税増税反対」って言ってる人がいますね。でも、これが対立してるように有権者には見えないんです。
――?
菅野 有権者から見える色彩が混ざってしまっているんですよ。「消費増税反対」と言う主張は現状維持を求めてるわけだから、「守旧派」、今の流行りの言葉で言えば「既得権益」層だと、有権者に見えてしまう可能性があるんです。一方の「消費税増税」という掛け声は、一応は現状を打破してるわけだから、「改革派」に見えてしまう余地がある。政治家サイドが思うほど、有権者にとって、違いがストレートに伝わっていない可能性が大いにあるわけです。
 それに、消費税を10%に上げようと選挙をする人は、「10%に上げよう」って言って選挙するはずがないんだから、反対派が「10%に上げるな」って言ったって、コール&レスポンスが成立していないんですよ。対立構造を示すには、「消費税なんてやめてしまえ」って言うしかないんです。「消費税10%にするぞ!」に対して「今のままでいいぞ」はコール&レスポンスじゃない。「消費税上げるぞ」の反対は、「下げるぞ」「ゼロにするぞ」です。事実、そのコール&レスポンスが成立してて、与野党対立が鮮明になってるところは、勢いがある。れいわ新選組とかね。
三春 れいわ新選組や、立憲民主党から宮城県選挙区に出馬している石垣のりこさんは消費税廃止を主張していて、報道を見ても勢いがあるのは事実ですね。
 参院選全体を見れば、ぼくは「自公+改憲勢力が参院の三分の二を維持するか」というラインにも関心を持っています。現状では自公が過半数をとるというのは基本的には揺るがない情勢で、これは選挙前からわかっていたことです。非改選議席において自公が圧倒的に多い以上、ここから野党が参院で過半数をとるのは、衆院で政権をとる以上に難しいのはやはり事実ですから。

山本太郎の戦略

三春 菅野さんからも話題に出ましたが、れいわ新選組にはぼくも注目しています。最初の頃は、相当情勢は厳しいだろうと思っていました。山本太郎は東京選挙区から通りそうな状況でしたが、東京からは出馬しないことになって。
菅野 山本太郎を比例に回したね。
三春 比例で通るかどうかですが、朝日新聞が出したれいわ新選組の議席予想は1議席、伸びても2議席でした。山本太郎が当選するには3議席必要ですから、これが終盤に行くに連れてどう変わっていくか。注目に値すると思います。
 山本太郎の振る舞いはすごいですね。面白いです。彼は特定枠(比例代表で党が獲得した議席を、党が決めた特定の候補者に割り振る仕組み)を2議席使うことによって、三人目に彼がおそらく来るだろうという状況を作り出した。どんな結果になるかはわからないですが、たとえ山本太郎が通らなかったとしても、体に障害を持たれている議員を補佐するかたちで、山本太郎が秘書として国会に入るということもあり得るかもしれない。
菅野 自分にバッジがついてなくてもね。
三春 彼自身は落ちることすら覚悟しているわけでしょう。その賭けがすごい。
 彼が狙っているのはおそらく、政党要件を満たすことではないかと思います。比例得票率で2%とれば、政党要件を満たせます。比例代表の得票率2%というのは、今の有権者数だと投票率50%なら107万票くらいです。全国でそれを超えて議席を得て、200万票に迫るということになれば、十分に山本太郎の勝利というか、彼は手ごたえを掴むと思うんですね。その手ごたえをもってまた次の選挙に挑むでしょう。すごい戦略だなと思いました。全力で揺さぶろうとしている。世論を動かすのは容易ではないですけど、彼の賭けがあとになってどう出るのか、注目しています。

支持率は認知度にすぎないのか

菅野 山本太郎みたいな大胆な戦略をとれないから、既存の野党はダメなんだと思う。
三春 既存の政党にはとれないと思いますよ。
菅野 とれないけどね、既存の野党がどんどん支持率を落としている理由って、支持率という数字を追うためには色々なところと揉めないほうがいいと思い、どんどん丸くなってどんどん態度が小さくなっていった結果、認知度が下がってるからだとしか思えないんです。
三春 菅野さんは以前、政党支持率のことを認知度と表現されてしましたよね。
菅野 支持率なんてないんですよ。認知度しかない。「私は自民党支持者です」って言ってる人に、「自民党の政策ってなんですか?」って聞いたら、たぶん何も答えられない。
三春 それはそう思います。党員というような支持層はいますけど、それは少ないんですよね。その上に、圧倒的にふんわりした層がいる。
菅野 その層が何を見てるかっていうと、名前を知ってるか知らないかというレベルのことなんですよ。圧倒的大多数の有権者にとって、「立憲民主党と国民民主党の二つの政党が存在する」と言う情報自体、見たことも聞いたこともない話だと思う。それが現実。
 野党は、支持率なるものがあると思って、支持されるためにはあんまりこんなことしないほうがいいんじゃないか、あんなこと言わないほうがいいんじゃないかって勝手に自主規制を重ねていき、その結果、認知されるチャンスを掴みそこねてきた。そんな気がしてならないんですね。それじゃあ認知度なんて上がるはずないし、認知度が上がらなければ支持率なんて上がるはずない。今日(7月6日)、日経新聞の1面に「政権支持、20代は7割」って載ってました。
三春 ありましたね。
菅野 それは事実だろうと思います。若い子たちに、それが安倍政権だからではなくて、その時どきの現政権以外の情報が届きようがない。今のメディアの仕組みや記事の流通の仕組みからして、その現在の政権与党の情報しか届かないチャンネルしか持ってない人っていうのが大量にいるわけです。だってもう誰も新聞なんて紙で読まないんだもの。ネットのニュースだって、個人の選好に合わせて取捨選択された記事だけが上がってくるわけでしょ。その仕組みを乗り越えられるのは政府広報だけだけど、政府広報は当然、その時の政権の言動だけが目に入るようになっている。野党側の情報が、「ふわっとした層」に届くチャンネルそのものがないんです。
三春 難しいですね。認知度が支持率であるという面は確実にあると思いますが、ぼくはそれだけだと断言することはできないと思います。

失われた「支持率の芯棒」

三春 今、支持率がすごくふわっとしたものというか、芯棒の通ってないものになっているのは事実だと思います。
 本にも書きましたが、ソ連崩壊やバブル崩壊のあった1990年代の初期、政治から急激に党派的なものが失われ、それとともに投票率は低下し、無党派層が増加していきました。その結果、確かに今の政党支持というのはイデオロギーに基づいたものではなく、好みやフィーリングのようなものに近くなっています。イデオロギーが失われたことで、今の日本をどういうふうにしていく必要があるのかという芯棒のようなものまでなくなってしまい、今は野党側の言い分も場当たり的になっている印象があります。
 本来の支持率がどういうものかというと、ある政党・ある政治家がなにかをしようとするときに、その実現に向かって、それを支えよう、一緒にやろうという人たちの割合だと思うんです。それを固めていくための思想的な基盤、というと少し表現が硬いですが、どういう方向に今の日本を持っていくのかという大きな基盤になる考えが必要なのに、なかなか見えてこない。
 日本は、戦後45年間発展してきて、バブル崩壊があり、平成になって30年間停滞しているわけです。衰退とも言える。これが今後も続いていったら、世界史に残る冗談みたいな没落になるわけです。
菅野 バカ国家って言われるね。
三春 それを止める最後の時期じゃないですか、今。菅野さんも地方の選挙を取材していらっしゃいますが、今回の参院選は、地方がどんどん衰退していくという状況の分岐点にある選挙ですね。地方の人口減による衰退をどうしますかということを問わなければいけないわけです。その指針を候補者は示さなければいけないと思います。
 これまで自民党がやってきたことは、地方を衰退させて、一方で労働力を都心に集めることでした。そういう状況をつくりだすために、全国から集めた税金を都市部ばかりに投下しています。
菅野 大阪で万博をやったり、東京でオリンピックをやったり。
三春 都市と地方のバランスが悪くなる状況を自民党が作ってきたんです。これがそのまま進めば、地方はもう人口が少ないから際限なく転落していくというふうになってしまいます。
菅野 それを止める手立てとして、野党側が、なにかエッジの立ったことを言わなきゃいけないのに、言えない。言ってない。僕はその鍵は賃上げだと思ってるんだけど。全国一律の最低賃金。
三春 一律ということは、地方にとって相対的にプラスに働くわけですね。
菅野 過疎地も都心も時給は一緒。かつ最低賃金は2000円くらいまでどーんと上げる。俺は3000円くらいでもいいと思うけど。
 明治時代に「民力休養」って言葉があったでしょ。「富国強兵」の対義語ね。「富国強兵」は「税金をとって産業と軍備に回します、それで国が発展します」ってことだった。その反対で、「減税して国民の負担を減らして生活を再建しましょう」ということ。今はまさに民力休養の時期。野党はその顰(ひそみ)に倣(なら)って「民力休養!」って言わなきゃならない。
三春 具体的な言葉はともかく、なにか支持率のコアになる芯棒が必要です。今の与党の政策は、バブル崩壊後30年間のこの経過と、多くのデータによって否定されているわけです。それを脱却するべく引っ張っていく意志を持った政治家や政党が現れ、その周りに支持が集まるというのが、ぼくはあるべき姿だと思っています。
 支持というのはそうあるべきで、ふわっとした、認知度とか、好みとかそういうのであってはいけないと思うんです。
菅野 本来はね。
三春 もちろん誰がどういうふうに考えて支持しても自由だけど、本来はそうだと思うんです。だから、菅野さんの「支持率は認知度だ」という表現が、今の状況を端的に表現していながら、ぼくはそれを否定したい。
 

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