売上が伸びない、売上が安定しない、最近売上が落ちてきた……。
もしあなたがそんな問題に悩まされているのなら、「ファンベース」の導入・強化を考えたほうがいいかもしれない。
ファンベースとは、ファンを大切にし、ファンをベースにして(ベースには、土台、支持母体などの意味がある)、中長期的に売上や価値を上げていく考え方だ。
「ファン」と聞くと、アイドルにキャーキャー叫んだりサッカーでウォーウォー肩組んだりする人のことを思い浮かべるかもしれないが、もちろん企業やブランド、商品に対して、そんなことをする人なんてめったにいない。いたらいたで怖い。
もうちょっと静的なイメージをもってもらったほうがいいだろう。表情が乏しくても熱い人がいるように、物静かだけど熱量が高い人はたくさん存在する。
あなた自身も身の回りでいくつか思い当たるのではないだろうか。日用品でも食料品でもファッションでもスポーツ用品でもアプリでもいい。他のブランドや商品が数多くある中、強く惹かれ、愛用し、思わず友人に薦めたブランドや商品があるはずだ。それは支持だ。ブランドや商品が提供してくれている価値を支持して、購入しているのである。
そういう意味において、ボクは「ファン=支持者」だと思っている。
もう少し言うと、ファンとは「企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を支持している人」と、この本では定義したい。
支持する価値はいろいろだ。
「まさにこの機能が欲しかったんだ!」かもしれないし、「このメーカーの味、とても好みに合う!」かもしれない。「他に比べてデザインがダントツにいいよね!」かもしれないし、「面白い! これ、まさに私のツボ!」かもしれない。その企業姿勢や社会貢献を強く支持している場合もあるし、創業者が大好きでずっとその企業の活動を支持している場合もあるだろう。
そういう、企業やブランド、商品が大切にしている価値にグッとくる人、その価値にワクワクし喜ぶ人、その価値を支持し友人に薦める人。それが「ファン」である。
もちろん「なんとなくしっくり来る」とか「なんか自分に合ってる」みたいな無意識かつ感覚的な支持でもいい。それらはすべて「大切にしている価値」に共鳴して発生した感覚だからである。
ファンベースでは、そういう「支持者」を大切にしていく。
「いや、そういう支持者=ファンが大切なのはわかっている。というか当たり前だ」と思う方も多いだろう。昔から顧客第一主義とかよく言われてきたことだ。
ただ、そうは言いつつ、心の中でこんな疑問を持つ人も多いのではないだろうか。
「でも、ファンって、黙っていても買ってくれる人たちだよね。それよりも『今買ってくれてない新規顧客』に売らないと、売上増えないんじゃないの? 貴重な予算を使ってまで、そういう人たちにアプローチするのは抵抗がある」
「ファンって言われても、そんな人いるかどうかもわからないし、いてもパイが小さいでしょう? そんな少数を大切にしたって対前年比に影響出ないのでは? 業績反映までに時間がかかりすぎる気がする」
「え? そもそもファンってお客様センターとかの専門部門の仕事じゃないの? マーケティングの仕事は新規顧客を増やすことでしょう?」
これらの疑問はよくわかる。
ボクも広告コミュニケーション業界で30年以上やってきて、新規顧客を狙ったプランニングを数多くやってきたし、大きなパイを意識することも長かった。ファンの存在もずっと目に入っていなかったし、それはどこか別の部署が担当することだと思っていた。マス広告全盛時代はもちろん、ネット時代に入ってもそういうアプローチで良かったし、実際、売上アップや業績反映にも貢献できたと思う。
でも、明らかに状況が変わった。
時代的にも社会的にも、新規顧客を狙うアプローチだけでは売上を増やすのが難しくなってきており、その解決法としてファンベースという考え方が必要で、今や早急に実施すべきフェーズにあるのである。
この本は、それは何故なのか、どう状況が変わったのか、具体的な施策はどういうものがあるのか、従来型のキャンペーンなどとどう組み合わせて組み立てていけばいいのか、について、基本的な考え方やアプローチ方法を書いたものである。
対象は、メーカーや事業会社の人に限らない。
小売や流通、メディア、コンテンツ、インフラ、行政などの生活者相手はもちろん、 BtoB(Business to Business:企業間取引)企業の人にも必要だと思うし、それらを担当する広告会社やコンサル会社も取り組むべきだと思う。
そして、部門的に言うと、事業部門や宣伝広報部門だけでなく、社長や役員、売上に直接影響しにくい経営部門・管理部門の担当者にもファンベースの考え方は必要だ。
もっと言うと、企業活動とは関係ないコミュニティ運営者、サークル運営者なども含めて、今後、ファンベースという考え方抜きで発想するのは難しくなるだろう。
せっかちな方のために先にいくつかの理由に触れておくと、まず、ファンは売上の安定に直結している。
・少数のファンが売上の大半を支えている。
・つまり、今いるファンを大切にして彼らのライフタイムバリュー※を上げていくことは、収益の安定・成長に直結する
※ライフタイムバリュー(LTV)とは、顧客生涯価値のこと。一人の顧客がライフタイムを通じて企業にもたらすトータ ル な バリューのことである。一般には「その人が一生のうち、その商品をどのくらいくり返し買ってくれたか」的に受け取られているが、もちろん顧客が中長期的にもたらすバリューは使った金額だけではない。ファンベースを考えるにおいてとても重要なので、本文各所で説明していく。
そう、くり返し購入してくれるファンこそが、実は売上を支える大黒柱なのだ。
そんな中、今まで売上に効果を上げてきた「キャンペーン」の実効性も薄れてきた。
キャンペーンとは、目的達成のために一定期間かけて行われる宣伝・販促活動のこと。数週間のプレゼント・キャンペーンや値下げキャンペーンから、タレントを起用して数カ月単位で大々的に展開するものまでいろいろあり、それをくり返して行くことが売上を伸ばす王道と考える企業も多かった。この本では数年単位の「中長期施策」であるファンベースに対して、「短期施策」と位置づけている。
その短期キャンペーン施策のチカラが急速に失われて来ているのが今なのである。
・世の中に情報も商品もエンターテインメント(エンタメ)も溢れかえりすぎていて、キャンペーンがとても届きにくくなった。
・そんな過酷な環境下でたまたまキャンペーンが話題になっても、一過性かつ瞬間風速的で、あっという間に忘れ去られてしまう。
仕事柄、宣伝部や広報部の人とよく会うが、その多くが悩んでいる。
キャンペーンなどの短期施策はもちろん、広報リリースやパブリシティ、バズ狙いのコンテンツ、スポット的なデジタル広告、店頭イベントなどの「単発施策」は特に、話題化するのがどんどん困難になってきている。苦労工夫の末に話題になったとしても、数時間から数日で人々の記憶から消え去ってしまうのだ。
しかも現代日本においては、新規顧客へのリーチ(到達)を狙った施策はますます効きづらくなっていく。
・人口急減により、顧客自体が物理的に減り続ける。それは100万人都市である千葉市や仙台市が毎年ひとつずつ減っていく勢いである。
・おまけに、超高齢化や少子化、独身増加などで、新規顧客の獲得はどんどん困難になっていく。
だからと言って、短期施策や単発施策はもう無駄だ、と言いたいわけではない。商品の存在を広く知ってもらって新規顧客を獲得していくことは重要だし、手を打ち続けて売上を刺激することも必要だ。
ただ、ファンに売上の大半を支えてもらいつつ、それをベースに短期施策や単発施策を連動させて新規顧客を増やしていく、というような「全体構築(短期施策・単発施策と中長期ファンベース施策の組み合わせ)」を意識的に考えていかないと、もう立ちゆかないくらいハードな時代になってきたということである。
それは、ファンを今から作っていく新発売の商品でも一緒である。これからの時代、ファンを大切にする「ファンベース」という考え方は、あなたが思っているより、たぶん、ずっと重要だ。
というか、そもそも企業は、何のためにそのブランドや商品を開発・販売しているのだろう。
もちろん企業ごとに表現は違うが、創業者の言葉や社是、理念などを読むと、たいていこのようなニュアンスのことが書いてある。
「生活者の課題を解決し、生活者に笑顔になってもらうこと」
食料や飲料であれば、生活者の日々の食欲や喉の渇きをおいしく解決し笑顔になってもらうこと。日用品や電気製品であれば、生活者の日々の不便や不満を鮮やかに解決し笑顔になってもらうこと。ファッションやエンタメであれば、生活者の日々の欲望や退屈をワクワクと解決し笑顔になってもらうこと。
生活者と直接的に取引しないBtoB企業だとしても、相手先企業の様々な課題を解決することで、間接的に生活者の課題を解決し笑顔になってもらう。
つまり、企業の本業とは「生活者の課題解決」であり「笑顔を作ること」なのだ。
そして、それを日々実行している企業活動は、それ自体が「社会貢献」だ。生活者の課題を解決し笑顔を作り続けていることは、すなわち、すべての生活者が生きていく「社会の課題」を解決し、社会全体を笑顔にし続けていることに等しい。社会の課題を解決する上に、そのブランドや商品が長く安定して売れ続ければ、雇用まで継続的に創出できる。これが社会貢献でなくて何であろう。
そういう意味において、商品が長く安定して売れ続けることは、企業ができる「最大の社会貢献」なのである。
ファンベースは、その「長く安定して売れ続けること」を可能にする。
カンフル剤のように短期施策などを打ち続けて一時的に売れる状況を作るのではなく、長く安定して売れ続ける状態に、ブランドや商品を、する。だからこそ欠かせないアプローチなのである。
前著『明日のプランニング』(講談社現代新書)では、ファンベースとマス(大衆)ベースを分けて説明し、それを組み合わせる方法を説いた。この本は、より時代的・社会的に必然性が増しているファンベースに特化して、その導入・強化・実際の施策などについて、くわしく書いたものである。
いったい世の中に、自分たちが愛している商品の価値を支持してくれる「ファン」を喜ばすことほど、楽しい仕事が他にあるだろうか。
ファンを大切にする、楽しいファンベースの世界へ、ようこそ。