昨日、なに読んだ?

File21. 今村夏子・選:無心になって楽しむ時に読む本
チャルカ『ハンガリーのかわいい刺しゅう』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【今村夏子(小説家)】→プロ野球死亡遊戯(ライター、デザイナー)→???

 この本(『ハンガリーのかわいい刺しゅう』)を手に取るきっかけとなったのは、女優の奥山佳恵さんのブログです。奥山佳恵さんのブログは、愛と笑顔とやさしさにあふれていて、読むととても幸せな気持ちになります。ポジティブで何事も全力で楽しみ、うそをつかない、社交辞令をいわない奥山佳恵さんとは、私は正反対の性質を持った人間です。奥山さんの趣味のひとつである「刺しゅう」を真似して始めてみようと思ったのは、同じ趣味を持つことで、奥山さんのような精神にちょっとでも近づけないだろうか、と期待する気持ちがありました。そこで、ブログの中でも紹介されているこの本を購入しました。

 ハンガリー刺しゅうとひと口にいっても、様々な種類があるようです。この本では、図案や刺し方の説明だけでなく、著者と刺しゅうの出会いから、刺しゅうと民族の関わり方、現地の刺しゅう名人のおばあちゃんたちとの交流までが描かれています。どのページをひらいても、著者の、刺しゅうや刺しゅうを通じて出会った人たちを大切に思う気持ちが伝わってきます。温かみのある文章に加えて、写真もとても美しいので、眺めているだけで満足します。満足した結果、実際に刺しゅうをしないまま、何週間かたちました。この本のあとがきで、『実際に刺しゅうをしてみなくてもいいんです。』と著者はやさしく語りかけてくれます。『ぱらぱら~とページをめくって、閉じて。数日後か数ヶ月後か、ふと思い出して手に取りたくなって、また、ぱらぱら~っと。』まさに、そのようにして過ごしていました。なんとなく棚から手に取り、その場に立ったままぱらぱらめくり、また仕舞う、ということを繰り返していました。だけどずっと気になっていました。奥山佳恵さんなら、気になったことはサッとやってみると思うのです。本の購入から二カ月たって、初めてユザワヤにいきました。ネットで初心者向けの刺しゅうキットもいくつか注文しました。私が刺したいと思っていたのは、本の中で『花が踊り色が歌う』といい表されるカロチャ刺しゅうです。いきなり本番に挑むのは腰が引けるので、まずはキットに挑戦しました。カロチャ刺しゅうではありませんが、色々な種類のステッチを練習することができました。

 最初はストレスを感じていました。楽しいと思うよりも、痛い、と思う回数のほうがはるかに多かったです。不器用なので、何度も針で指を刺しました。だけど毎日練習するうちに、(あ、今、楽しい)と思う瞬間が増えていきました。どうも、自分はサテンステッチで刺している時にとりわけ(楽しい)と思うようです。あらためて本をめくると、カロチャ刺しゅうのメインになる花や葉は、サテンステッチで構成されていると書かれています。私に合ってる、と思い、練習用キットを中途半端に残したまま、カロチャ刺しゅうに着手しました。最初に選んだ図案は青い小花の『わすれな草』です。

 ……楽しい! これは楽しいです。へったくそですが、見ばえなんて今はどうでもよく、ただ、ちくちくプスプス刺している時間が楽しい。やめようと思ってもなかなかやめられません。もう一度あとがきを読みます。『いつかハンガリー刺しゅうをやってみてもらえたら、それもうれしいです。』やってみました。『そして、もし楽しかったと思ってもらえたら……それはもう、とってもうれしい!』見るだけでも満足できる本ですが、実際にやってみて本当によかった。無心になって楽しめます。

  奥山佳恵さんのブログはこちら