アメリカ音楽の新しい地図

1.テイラー・スウィフトとカントリー・ポップの政治学

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

*カントリー・ミュージックの左傾化
 2011年にナッシュヴィルで開催されたビルボード・カントリー・ミュージック・サミットにて、このジャンルのファン層をめぐる重要な調査結果が発表された。これまでカントリー・ミュージックのファンは地方の白人男性、しかも学歴は低く収入も高くない層が中心だと思われていた。ところが、そのようなイメージがもはや正確ではないことが明らかになったのだ。
 25000人を対象にした調査により、平均的なカントリー・ミュージックのファンは45歳で年収は75392ドルであることが判明した。ファンの75%が家を所有しているが、それは全米平均よりも高い数字である。またファンの30%が高等教育を受けているという結果も驚きをもって迎えられた。
 さらに興味深いのがファンの男女比と年齢構成である。カントリー・ミュージックのファンのうち男性は48%、女性が52%であり、年齢別にみると18歳から24歳が13%、25歳から34歳が17%、35歳から44歳が18%、45歳から54歳が20%、54歳から64歳が16%、そして65歳以上が16%である。つまり、現在ファンのマジョリティーは女性であり、しかも18歳から34歳までの比較的若い層が30%を占めている(11)。 
 ファンの若年化を裏付けるデータは他にもある。2014年のニールセン・レポートによれば、18歳から34歳の層に人気のラジオ・フォーマットのうち、カントリー局はポップ・コンテンポラリー局に続いて2位につけている(12)。 また2015年の調査によれば、過去10年間で18歳から24歳までのファンが54%増加しており、しかも2010年以降、ヒスパニックのファン層が25%増加したのである(13)。 
 カントリー・ミュージックのファンは若年化し、女性化し、多民族化している。端的にいって、それはこのジャンルの「リベラル化」を意味するだろう。そして、こうしたファン層の変化はカントリー・ミュージック界最大のイベントであるCMAアワードの授賞式にも反映されている。近年、このカントリー・ミュージックの祭典に他ジャンルのミュージシャンが出演することが大きな話題となっている。2014年にポップス歌手アリアナ・グランデが参加したのを皮切りに、2015年にはR&Bシンガーのジャスティン・ティンバーレイク、そして2016年にはビヨンセがゲストとして登場した。黒人R&Bシンガーを代表するビヨンセがCMAアワードで同じテキサス出身のディクシー・チックスと共演するステージは、カントリー・ミュージックのファン層の変化を決定的に印象づけるシーンだといえるだろう。

CMAアワードでのビヨンセとディクシー・チックスの共演 Beyonce and Dixie Chicks - Daddy Lessons (live at CMA Awards 2016)
 
 高齢の白人男性をファンの中心とする音楽から、マイノリティーの若い女性たちも聴く音楽へと変貌を遂げつつあるカントリー・ミュージック──その転換を象徴するテイラー・スウィフトが自らの政治性を表明できない理由はもはや明らかだろう。テイラーはこのジャンルのファン層の変化を鋭敏に感じ取り、ミュージック・ビデオや楽曲のアレンジを通してきめ細やかに対応してきた。そしてそれは、彼女自身が牽引してきた政治性の変化ともいえるのだ。

 2014年11月3日、テイラー・スウィフトは世界最大の音楽ストリーミング・サービス、スポティファイから映画『ハンガー・ゲーム』の挿入歌〈セイフ&サウンド〉を除いて自分のカタログをほぼすべて引き上げることを発表した。
 その数ヶ月前にテイラーはウォール・ストリート・ジャーナル紙に音楽産業の未来に関するエッセイを発表している。数十年後の音楽業界を予見するというテーマで書かれた文章にはアーティストとファンの関係やジャンル意識の変化について自説が展開されるほか、最近のファンは「アーティストのサイン」を求めずに「アーティストとのセルフィー」を取りたがるといった興味深い考察が綴られる。そして、ストリーミング・サービスという新しい音楽メディアについてもテイラーははっきりと主張するのである。「私は音楽が無料であるべきではないという意見で、いつの日かそれぞれのアーティストとレーベルがアルバムの価格を決定するようになると予測します。」 (14) 
 2015年6月21日、テイラー・スウィフトは自身のタンブラーにアップルに向けたメッセージを公開した。アップル・ミュージックが提供する「三ヶ月無料」のサービス期間中、アーティストやソングライターに印税が支払われないことに異議を唱えたのだ。するとその直後にアップルはポリシーの変更を発表し、無料期間中もアーティストに印税を支払うことを確約した。あまりに素早い対応に、これはテイラー・スウィフトとアップルが仕掛けたパブリシティー・スタントではないかという憶測まで飛び交ったが、この一連の出来事においてテイラーが業界全体を代表して発言していることは注目に値する。
 そしてつい先日(2017年4月4日)、スポティファイとユニヴァーサルの新たな契約が発表された。伝えられるところによると、今回の契約でスポティファイは大幅に譲歩し、アーティストが新作をプレミアム・ユーザーに優先してリリースすることが認められたという。これはテイラーがウォール・ストリート・ジャーナル紙で主張したこと──音楽は無料であるべきではない──が一部認められたことを意味している(15)。 インターネットの登場によって激変した音楽業界、その最終形態として定着したストリーミング・サービスに対し、テイラー・スウィフトはアーティスト側の利益を代表して交渉に臨んでいるといえるのだ。
 1950年台に誕生したカントリー・ポップという、それ自体折衷的なジャンルを出自とするテイラー・スウィフトは、第二次世界大戦後のアメリカの音楽業界の変化──新メディアの台頭、ファンの人口動態、音楽ジャンルの政治性──そのものを体現する存在だといえるだろう。

(11) Vernell Hackett, “New Statistics About Country Music Fans Revealed at Billboard Country Summit,” Billboardbiz, June 8, 2011, http://www.billboard.com/biz/articles/country/1177554/new-statistics-about-country-music-fans-revealed-at-billboard-country

(12)2014 Nielsen Music U.S. Report, http://www.nielsen.com/content/dam/corporate/us/en/public%20factsheets/Soundscan/nielsen-2014-year-end-music-report-us.pdf.

(13)Nate Rau, “Country music sees growth with millennials, Hispanic fans”, The Tennessean, May 5, 2016, http://www.tennessean.com/story/money/industries/music/2016/05/05/country-music-sees-growth-millennials-hispanic-fans/83963618/.

(14)Taylor Swift, “For Taylor Swift, the Future of Music Is a Love Story,” The Wall Street Journal, July 7, 2014, https://www.wsj.com/articles/for-taylor-swift-the-future-of-music-is-a-love-story-1404763219.

(15)Shona Ghosh, “Spotify's new deal with Universal has massive implications for its upcoming IPO,” Business Insider UK, Apr. 5, 2017, http://uk.businessinsider.com/spotify-deal-with-universal-has-massive-implications-for-its-ipo-2017-4

次回は6月9日(金)更新です。

2017年5月9日更新

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大和田 俊之(おおわだ としゆき)

大和田 俊之

1970年生まれ。慶應義塾大学教授。アメリカ文化、ポピュラー音楽研究。著書に『アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』

サントリー学芸賞)、『アメリカ音楽の新しい地図』(ミュージック・ペンクラブ音楽賞)、共著に『村上春樹の100曲』(栗原裕一郎編著)、『文化系のためのヒップホップ入門』(長谷川町蔵との共著)がある。

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