今は、時代が変わる時だと感じる。
資本主義は近年わたしたちを豊かにしていない。繁栄するのは大企業と富裕層ばかりで、わたしたちの所得は減り続け税金が増えていく一方である。
民主主義は近年わたしたちが望む政治を実現できなくなっている。増税が続き、社会保障が削られて、格差と貧困が広がっていくばかりの世の中を望んで一票を投じている者なぞだれ一人いない。
こうした流れはもう20年以上続いている。
産業革命以降200年以上にわたって人々を豊かにして来た資本主義と民主主義が、ともに本来の機能を失っている。
社会の仕組みと世の中を回す方法論は、人々が豊かになり、自由に生きるために、選択されなければならない。従って、ほとんどの人々にとって豊かさも自由も増えない社会の仕組みと方法論は価値が無い。
本来の機能を失い、価値を無くした道具は捨てるしかない。壊れて使えなくなった道具を無理に使っていると、包丁でも自転車でも怪我をするばかりである。
今は人々の自由と豊かさを生み出すことができる新しい仕組みと方法論によって社会を立て直すべき時なのである。
本書ではまず、経済と政治と歴史の話をする。資本主義と民主主義はどのような条件が整い、どのように運営されれば人々に豊かさと自由を供することができるのか、そしてどのような理由と、どのような径路でその機能を喪失してしまったのかについて示す。
次に、今こそ時代を変えることができる時が到来しているという事実を示す。ここはテクノロジーと思想の話になる。
社会の仕組みと方法論はテクノロジーによって基礎的条件が設定され、思想・価値観によって設計される。
人間は農業によって定住を始め、文字を発明して知識を集約することができるようになり、内燃機関と電力を活用して圧倒的に大量の財貨を産出することが可能になった。そして人間は自由と豊かさを享受して来た。こうした自由と豊かさはテクノロジーが物理的条件を規定し、その条件に適合した思想・価値観によって実現されて来たのである。
このように、新しいテクノロジーの発明は新しい思想・価値観と相まって自由と豊かさのステージを上げることができる。
今、AIというテクノロジーが勃興して来ている。内燃機関と電力が人間を力仕事から解放してくれたように、AIは情報作業を肩代わりしてくれる。あと20年もすれば、現在人間が行っている仕事の半分以上はAIでできるようになる。人間は今の半分も働けば今と同じ財貨やサービスを得られるようになるわけである。
そうなると、かつて農業や文字や電力がそうしたように、経済の仕組みや人々のライフスタイルはもちろんのこと、価値あるものと無価値なものの基準、幸福や豊かさの意味まで大きく変わることになる。
では、これからの新しい世の中でわれわれは、どのような自由を享受し、どのような豊かさを手にすることができるのか。新しい時代にわれわれは何を喜び、どのような生活を営み、人生の意味をどこに見出すのか。
その答えを与えてくれるのが、新しい時代の姿を描き出す物語である。その姿を描き出すのは、哲学や美学、歴史や芸術といった人文の知性である。
哲学の用語に「大きな物語(Grand Narrative)」という言葉がある。言うなれば、世の中の基本的な価値観と是とされる社会のあり方を示す思想である。デカルトやニュートンが切り拓いてくれた近代の大きな物語は「理性と科学と進歩」であった。そして、その大きな物語を実現するための社会運営の方法論が資本主義と民主主義であった。
賞味期限を迎えつつある近代の資本主義と民主主義を刷新し、AIが拓(ひら)いてくれる新しい時代を迎えようとする今、社会はどのように構築され、人はどのように幸せな人生を生きるのかを示す「大きな物語」が描かれなければならない。
その大仕事がなされた時こそ、新しい大きな物語が世の中を新しい時代に向けて動かし始める。
今こそ、人文の力によって新しい大きな物語を描き出すべきである。
経済効率や経済合理性が専制的に支配する社会で長年辺境に追いやられ、軽んじられて来た人文の力=文学部が時代を進める栄えある役割を担う時である。
文学部の逆襲を待望する。
疲弊した資本主義と民主主義を刷新しAI(テクノロジー)が拓く新しい時代に、必要とされる知性とは? ソシオエコノミストの著者が構想10年で書き上げた、次代を洞察する集大成である本書の「まえがき」を公開します。