本国公開は2018年3月というから、それから2年以上か。
この7月上旬にようやく日本盤Blu-ray/DVD化されたのが、フィンランドの映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』こと『Hevi Reissu』である。
オリジナル曲が皆無、フィンランドの地方都市に住む素人メタルバンド4人組が、トナカイ肉を切り分ける際のドリル(スライサー?)の音にヒントを得て凶暴なギター・リフをひねり出し、こうして生まれたたった1曲だけを携えて、ノルウェーのメタル・イヴェントに出場するため盗んだ車で疾走! その間、両国の国境警備隊に追われたり、ヴァイキング系LARPG(ライヴアクション・ロールプレイング・ゲーム)に興じる素敵なナードたちに出くわしたりする……そんな物語だ。
日本公開は昨年末。そこから数えても半年を経てのホームエンタテインメント化だ。それを記念して――というより、それにかこつけて――自分史上初のメタル・イヴェントをオンライン開催したのはわたしである。
そんな『ヘヴィ・トリップ』を未見の方のために、こんなシーンがあることを伝えておきたい。
「テロリストが爆走中」という誇張された通報を受けて、本来なら主人公たちを捕らえるはずだった国境警備隊が、「イエスと弟子たち」の扮装をした――つまり、"中東"的ないでたちの――コスプレ宴会帰りの一団をテロリストとして誤認逮捕するシーンがある。
その一部始終をポカ〜ンと眺めながら通り過ぎる主人公たちの様子もさることながら、「中東=テロリスト」という短絡的な思い込みから行動してしまう当局側の無知と偏見、先入観とゼノフォビアを笑いのめす、コミカル描写に秘めたメッセージ。
これに近いのは『Harold & Kumar Escape from Guantanamo Bay』だ。インド系のカル・ペンが演じるインド系のクマーをアラブと信じ込んだ国土安全保障省のレイシスト(に限って人種の区別なんか付きやしねえ)担当者が、韓国系のハロルド(ジョン・チョウ)を見て、「なんであんなに目が細いんだ? 知恵遅れか?」と発言。部下(わりとマトモ)に「彼はアジア系です。コリアンです」と言われ、「やっぱり! 北朝鮮とアルカイダはグルだったんだな」と勝手に納得する場面である。
..............................................................
『ヘヴィ・トリップ』に話を戻すと……
この「テロリスト誤認逮捕」シーンに関して、忘れられないほど素晴らしいツイートを昨年末に見た。
映画配給会社・アップリンクをご存じだろうか。ポリシーは「世界を均質化する力に抗う」、社内の人間関係が良く、経営者が従業員の声を汲み取ることで有名な会社である。そこの浅井隆社長という高潔な人物が、この映画『ヘヴィ・トリップ』に関して、こう書いていた。
【上映作品に関してお詫びとお願い】現在アップリンク吉祥寺で上映中の『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』の描写でアラブ系のターバンを巻いた衣装の男性たちをその服装だけでテロリストと決めつけるシーンに関しては明らかに差別表現ですので、劇場オーナーとしてお詫びします。
このフィンランド映画の製作者は自身が製作した作品が世界で上映されるという想像力もなく、今の時代、その民族衣装だけでテロリストと決めつけるストーリーは偏見を映画を通して固定させるということになるということを理解していません。また、髪が長いメタルバンドのミュージシャンを
村人がホモと蔑視するシーンが何度もあり、差別意識に満ちた村の表現のつもりでしょうがフィンランドという国のマイナスイメージにしか映りません。アップリンクの映画館での映画作品の上映に関しては、自分を含む複数のスタッフで上映を選定していますが、
この作品の差別表現は報告を受けていたわけでなく、自分が今日観て気づきました。北欧ヘビメタ映画のファンもいると思うので、直ちに上映中止にするわけではありませんが、
わお。どこまで天才なんだ。
まずは「アラブ系のターバン」という無邪気にも時代がかった表現。これをアメリカに翻訳すると、いまだにアジア系を「オリエンタル」、黒人を「ニグロ」、先住民を「レッド」と呼び続けているタイプとなろうか。
次に、「このフィンランド映画の製作者は自身が製作した作品が世界で上映されるという想像力もなく」は……ダウンタウン浜田の黒塗り等で覚えたロジックを使いたくて我慢できず、見当違いのところで炸裂させているように見える。自称リベラルには、こういった「覚えたての正義」を振り回したくて仕方ないナイーヴな皆さんが時おりいる……が、浅井社長の思想信条については知らない。
そして、「フィンランドという国のマイナスイメージにしか映りません」の部分。何を言い出すんだかな。「人は誰しも自国のマイナスイメージを発信してはならない」と信じているとしたら、それは『万引き家族』を「反日だ」と批判した"普通の日本人"なみの"愛国者"ぶりではないか。
きわめつけは「北欧ヘビメタ映画」! 外野から発せられる勝手な略語はたいてい差別表現になるということを知らんのだろうか。「ホモ」「ジャップ」「グック」もそうだが、「ヘビメタ」もしかり。メタル界で最も嫌われる呼称の一つだぞ。無邪気にもそれに気付かず、「テロリストと決めつけるシーン」は「明らかに差別表現」デンデン……笑止千万でございます。
..............................................................
ちなみに、この映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』はスペースシャワーネットワークという会社(以下、SS社と略)が配給だ。わたしが昨年3月末まで在籍していた会社だが、「古巣を応援しなきゃ」という意識は毛頭ない。そこまで仲がいいわけではない……というより、関係は全くもって良くないから、である。
例えば、わたしの著書『史上最強の台北カオスガイド101』が「版元がSS社だから、クラブやヒップホップの解説が秀逸」というふうに評された時は強い違和感を覚えたし、とあるイベントにおける出演者紹介でわたしについて「SS社が出版していた雑誌『bmr』のデンデン」と書かれた――雑誌『bmr』はSS社に吸収されたブルース・インターアクションズ社が出していたもの。吸収時に廃刊となった!――時は即刻訂正を求めた。
また、廃刊後に「本体」扱いとなったウェブサイト版も含め、わたしが『bmr』の権利を買い取って退職したのは、「SS社に変なことをされるよりは、引導を渡すなら自分で」と思ったからだ。『ゲーム・オブ・スローンズ』に喩えて言えば、「狼の命は狼の手で落とし前を」と娘サンサの飼い狼の喉を掻き切ったエダード・スタークのような気持ちだったのである。
つまり、身びいきなど皆無であることを理解されたい、ということだ。
..............................................................
さて、先の浅井隆社長発言における最大の問題点は、もちろん「アラブ系のターバンを巻いた衣装の男性たちをその服装だけでテロリストと決めつけるシーンに関しては明らかに差別表現」の部分である。
あれは、すぐそこにいる差別的なパワーにウィットをもってファイトする場面だ。それを解さず、「偏見を映画を通して固定させる」ものと断定する浅井社長。夢見がちなタイプ(like 勝部元気)なのかもしれないな。「醜い現実を美化して描けば世界が良くなる」と信じている、という意味で。
さらに、この何週間かの状況に当てはめるなら、スプラッシュ・マウンテンと『南部の唄』を擁護してまうタイプなんちゃうやろか、と思うわけだ。
問題ある作品として1986年から封印されている1946年の映画『南部の唄』をモチーフに、ディズニー系テーマパークで(なぜか映画封印後の1989年から)展開され始めたアトラクション。それがスプラッシュ・マウンテンである。
しかし、#BlackLivesMatter の高まりから、各地で「古き良きアメリカ」を見つめ直す動きが爆発している昨今。事態を重く見たディズニーは去る6月25日、カリフォルニア州のディズニーランドとフロリダ州のディズニーワールドでは、スプラッシュ・マウンテンを『プリンセスと魔法のキス』テーマの施設に改装することを発表したのだ。
一方、(千葉県なのに)東京ディズニーランドにおけるスプラッシュ・マウンテンの命運は定まっていない。が、6月末には、この件に関するツイートが多々発せられた。
その中で、こんな趣旨のツイートを見かけたのだ(現物は掘り起こせず……残念)。
槍玉に挙げられている『南部の唄』。
黒人がひどい目にあっている映画だと思ってるかもしれないけど、ぜんぜん違うよ!
アホちゃうか。黒人たちが差別されている描写があるなら、それは正しいやんけ。
差別もなく黒人の爺さんと白人のボンが楽しく暮らしていました……という、いわば「人種差別隠蔽」描写こそが問題なのに。
それに加えて、あれ(語られる内容)はそもそも黒人の物語なのに、老齢黒人たちを取材した白人が人畜無害な(元奴隷)黒人男性「アンクル・リーマス」なる人物を語り部に設定、「奴隷制時代は良かった」と懐かしむ風情を演出する物語として出版したうえに、得た名声も利益も黒人たちに還元するわけもなく……だが、そこはあまり追及しないことにする。
..............................................................
ツイッターとは知性の宝庫である。その証拠として……。
何を賢ぶってんねんな。勝者(奴隷商人&奴隷所有者)によって書き換えられた歴史を、敗者(元・奴隷)が取り戻そうという努力なのに。それが「戦争で滅ぼした国の文化や芸術を焼き払う行為」?
昨今の騒動で南部の唄(スプラッシュマウンテンの映画)が観れるんでないかなって淡い期待を持ってたんだけど、黒人と白人が仲良くしすぎる話も逆にだめなんか…。ざんねん。
豊臣秀吉の朝鮮侵略に関して、日本軍の蛮行(非戦闘員の鼻を削いだり)を語らず、「加藤清正くんが虎退治に行きました」とだけ語ることが許されると思うか?
ネイティブインディアン……? ホワイトニング……? 人種関係で学ぶべきことはまだまだ多いようだ……my ass。
一つだけ、少しだけ、同意したのは、下記のツイートの後半部分である。
だから、わたしはこう考えた。
..............................................................
このところ、伝統的には「歴史上の偉人」とされてきた奴隷商人や大量虐殺者の実像を問い直し、そうした「偉人」の銅像をちょん切ったり引き倒したりする事件が頻発している。大西洋を越えてUKに飛び火したりしているのも興味深い。
イングランドのブリストルでは、奴隷商人の銅像がデモ隊により港に投棄される事件があった。それを受けて、イキな提案をしたのはバンクシーだ。
「ブリストルの真ん中にある空の台座をどうすればいいか? 像がなくなって寂しく思う人もそうでない人にも対応するアイデアを示そう。像を水中から引き揚げ、台座に戻し、首に縄をかけて引き倒そうとする人たちの等身大の銅像も置けばいい。これでみんな幸せ」
これぞ、いったん封印された『風と共に去りぬ』に現代の有識者が解説をつけた上で復活させることに通じるスピリットではないか。
..............................................................
では、スプラッシュ・マウンテンはどうするのがベストなのか?
ここは先輩である南アフリカに倣って、アパルトヘイト博物館の発想を取り入れてみるのもいいかもしれない。この博物館の観覧者は(本人の人種・民族とは関係なく)無作為に「白人」か「非白人」に振り分けられることになる。入場口からして、「白人様専用」と「非白人用」に分かれている徹底ぶり。ここに来る者は、身をもってアパルトヘイト(人種隔離)を体験することになるのだ。
あるいは、かつてエディ・マーフィとスティーヴィ・ワンダーが嬉々として奴隷監督を演じた、白人専用テーマパーク『コットンランド』をスプラッシュ・マウンテンと合体させてみるのはどうだろう? 『コットンランド』とは、「白人が奴隷生活を体験し、数百年の罪の意識もgone with the windとなる」、そんな夢と魔法の王国らしいから。