ちくま新書

書評『はじめてのアメリカ音楽史』

12月刊『はじめてのアメリカ音楽史』について、筑波大学教授でアメリカ外交史がご専門の松岡完先生が、 原稿用紙20枚に及ぶ熱の入った書評をご寄稿くださいました。本書の特徴はもちろん、さまざまな「リクエスト」もいただきました。 ぜひお読みください。

  1 200年のタイムトリップへ

〇アメリカ音楽形成のプロセスを探る
 アメリカ音楽の本場、テネシー州メンフィス生まれの歴史家バーダマン氏。米英の大衆音楽史に詳しく、ビートルズについての著作もある里中氏。この2人の対談が、読者をほぼ200年に及ぶアメリカ音楽史にいざなう。この時間をさかのぼる旅に出るうえでじつに重宝なガイドブック、それが本書である。
 建国前後の音楽に始まり、ゴスペル、ブルーズ(一般的にはブルースだが言葉本来の発音から本書では濁音)、ジャズ、ソウル、ファンク、ヒップホップ、カントリー、フォーク、ロックンロール(ロック)とくれば、まるで街の人気CD店の商品陳列棚である。森羅万象とまではいわないが、本書はアメリカ音楽の構成要素をほぼまんべんなく、おおむね時代を下りつつ、それぞれの関係を明らかにしながら追っていく。新書という手ごろな形をとった、アメリカ音楽史の中規模デパートといえるかもしれない。

 構成は以下のとおり。

-----------------------------------------------------------

        はじめに

        第1章 アメリカン・ルーツ・ミュージックの誕生

        第2章 ゴスペルは希望の歌

        第3章 ブルーズ街道

       第4章 ジャズとニューオリンズ

        第5章 ソウル、ファンク、ヒップホップの熱狂

        第6章 カントリーとフォークの慰安

        第7章 ロックンロールの時代

        おわりに

---------------------------------------------------------

 ジャンルを問わずアメリカの音楽は、はるか太平洋を隔てた私たちにもすっかりおなじみである。だが、それはなぜ現在私たちが接するような形になったのか。そのルーツはどこにあるのか。200年の間にどのような変遷をたどったのか。何が、そして誰が、そうした変化をもたらしたのか。アメリカの社会・文化・政治・経済などは、音楽の成立や変質にどのような影響を与えたのか。その逆の現象はなかったのか。あったとすればどのような形をとったのか。
 こうしたさまざまな疑問に答え、あるいはヒントを出してくれる、知的な楽しみ満載の旅。本書は読者を “マジカル・ミステリー(アンド・ヒストリー)ツァー” に案内してくれる旅行代理店であり、2人はさしずめそのベテラン・エージェントといったところである。

〇巧みな言葉のキャッチボール
 大河ミシシッピの川下り(上りでもよいが)の旅、その船上で出会いすっかり意気投合した、音楽好きの2人。それぞれ好みの酒や料理を味わいながら、また変化していく景色を堪能しながら、思いつくままを語り、うんちくを傾け、思い出を披露し、たがいの言葉にうなずき合う。
 2人のやりとりや、そこから読み取れる2人の表情とともに、読者はこの贅沢な時間を共有できる。テニスにたとえれば、2人がネットを挟んでラリーを続ける球の行方を追いながら、そのプレーを楽しむようなものである。中には飛び入りで試合に加わりたいと望む者も出てくるかもしれない。
 一例をあげよう。バーダマン氏が、アフリカ発祥の黒人(アフリカ系)の音楽と、ヨーロッパを源流とする白人の音楽が融合してジャズが生まれたこと、その舞台ルイジアナ州ニューオリンズにはカリブ海、スペイン、フランス、イギリスなどに由来する音楽も混在していたことを指摘する。すると里中氏が、ニューオリンズの「混血文化」について、多種多様な要素が「混ぜ合わさって、シチューのようにぐつぐつ煮えていた」からこそ音楽も融合されたのだと語る(p.135)。まさに言葉のキャッチボール、いやワンツー・パスである。アメリカ人には常識でも私たちにはなじみのない(またその逆の)事柄について、2人のプレイヤーが巧みに相手の弱点をカバーしあう場面にもしばしば遭遇する。
 もちろん、言葉つまり文字で音楽の魅力を表現することはけっして容易ではない。あるジャンルなり曲なりをまるで知らない人間に、リズムやメロディの特徴や素晴らしさを伝え、感動を生み出すのは、さすがの2人にも手に余る仕事だったかもしれない。むしろだからこそ2人は、あえて言葉を武器とするこの挑戦に心ひかれたのではないか。
 ただ読者の贅沢な欲求としては、やはり実際の音楽、できれば映像が手元にあれば……という側面がある。CDブック、あるいはDVDブックの存在意義もそこにあるのだろう。本書がいつの日かそうした形に発展するかどうかは、神のみぞ知るところである。

関連書籍

ジェームス・M・バーダマン

はじめてのアメリカ音楽史 (ちくま新書)

筑摩書房

¥1,034

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入