佐藤文香のネオ歳時記

第8回「あったか~い」「湯使ふ」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・生活(飲食)】
あったか〜い

「暖か」は春の季語で、文字通り春らしいあたたかな陽気のことだが、「あったか〜い」といえば、自動販売機で販売されているあたたかい飲み物のことである。各種お茶以外におしるこやコーンスープなどがあり、冷たい身体をあたためてくれるだけでなく、へった腹も満たしてくれるため、幸福度が上がるのがポイントだ。最近「あったか〜い」飲料として「うまだし」という、飲む博多だしスープが発売されていて気になっているが、まだ購入したことがない。漫画家の小林銅蟲さんが、ツイッターで「暮らしていて急に吸い物が飲みたくなった時に役に立つ味だ」とおっしゃっていたので、今度見つけたら飲んでみたい。
 自動販売機の「つめた〜い」と「あったか〜い」の割合は、季節によって違うらしい。夏に冷房で冷え切ってしまい、自動販売機であたたかい飲み物を買おうとしたら、その自動販売機の飲み物がすべて「つめた〜い」だったことがあった。しかし、冬の自動販売機に「つめた〜い」がない、ということはないので、やはり季語として立つのは冬場の「あったか〜い」ということになるだろう。
 ここで、「あったか〜い」という言葉のすごさについても考えたい。まず「っ」の部分。「あたたか」だと「た」が二度続くので、言いやすいように促音化しているのだが、この口語的な変化が「ほっとする」「まったり」など、ゆるやかな気分をつくり出している。つづいて「〜」の部分。長音にするにしても、ふつうに「あったかーい」と棒引きにすればいいところを、フラダンスの腕の動きを思わせるような記号「〜」をつかうことで、さらにリラックス効果をもたらしている。はじめに「幸福度が上がるのがポイント」と書いたが、この「あったか〜い」という表記だけでも、寒い時期の心細い気分を癒す作用があるのではないかと思う。
 とはいえ、冬場の屋外で飲む「あったか〜い」飲料はすぐ冷えるので、冷える前に飲んでしまうのが大事だ。私は、冷え切ったコーンスープ缶の底に残ったコーンを食べようと、上を向いて缶をくわえ、缶の底を叩きながら歩いていたところ、前方不注意でこわいおじさんにぶつかり、さらに肝を冷やした思い出がある。みなさんも、歩きながら飲むときはまわりに気をつけるようにしてください。

〈例句〉
社員証の紐短くてあったか~い  佐藤文香
あったか~い押して愛してほしいと言う