アメリカはなぜ著しく動的な社会なのか? 社会が変わっていく力、あるいは変えていく力はどこから出てくるのか? ―― 本書の出発点となった問題意識である。
革新的テクノロジーは、言うまでもなく社会変化の重要な原動力だ。しかし、人々が押
し進めるさまざまな社会運動もまた社会変化の力である。可変力のある社会は、人々に活
力や能動的姿勢を与える。可変力の少ない社会は、閉塞感、無気力、受身姿勢を生みがち
だ。本書は、個人やグループ、文化や制度が持つ力に目を向け、アメリカ社会のダイナミ
ズムを見る。
特に、人種、移民、ジェンダー、セクシュアリティを軸とした平等化、多様化への動き
を、アメリカのポジティブな社会変革力として取り上げる。これらの多様な運動を、歴史
的流れの中に位置づけ、文化や社会的価値と関連させながら、広く相互連関的な社会変化
として描き出すことに力点を置く。
2016年秋の大統領選挙は未曾有(みぞう)の混乱を引き起こしたが、経済政策、貿易や対外政策と共に、国内問題として人種や移民、所得格差や貧困、ジェンダー、LGBT等が重要な争点となった。本書はまさにこれらの問題を主テーマとしている。これらはアメリカ社会の根底に横たわる問題であり、しばしば変化を押す進歩主義と変化に抵抗する保守主義の衝突点、激しいせめぎ合いの場となる。
オバマ大統領の登場は、アメリカにおける人種的平等化への歩みを象徴したが、人種的
多様性の価値化、移民やLGBT等の平等、医療保険改革等の社会福祉政策を進めた。し
かし、水面下では、黒人大統領に我慢ができない白人層の抵抗が始まった。白人至上主義
者、イデオロギー的極右勢力、右派キリスト教中心主義者、反イスラム、反移民、ナショ
ナリスト等を支持基盤として大統領に当選したトランプは、オバマ・レガシーの抹消と逆
転へと動き出した。さらに、社会的縁辺に潜伏していたこれらの反動的勢力をメインスト
リームに押し出した。
アメリカの社会変化は、振り子のように前進と逆進を繰り返しながらも、しかし、長期
的には前進してきた。今再び、進歩を死守しようとする力と押し返そうとする力とがぶつ
かる激動の時代が始まった。
本書は、まず第1章で、アメリカの人種と移民の歴史と現在の問題を見る。異なる人種がいかにカテゴリー化され、差別が制度化、当然化されたか、そしてその解体をめざす長
い闘争、特に1960年代の公民権運動とそれが刺激した広範な平等化運動のインパクト、
さらに、移民の流入と移民政策の変遷を見る。具体例として日系人の歴史を取り上げる。
最後に、現在における移民をめぐるイデオロギー的、社会的経済的対立の先鋭化を見る。
ところで、人種を形容する用語には、文化的社会的意味合いが含み込まれている。近年
は、「黒人」「アフリカ系アメリカ人」が互換的に使用されている。後者は、80年代に使用が広がり、特に88年にジェシー・ジャクソンがこの表現の使用を提唱してから、一般用語となった。
「黒人」は皮膚の色、「アフリカ系アメリカ人」は出身地を基準にした表現だが、実はどちらも問題を含む。「1965年移民法」以降、カリブ海・南米、アフリカからの移民や
留学生が増え、その子供も増えた。彼らは、アメリカでの抑圧された歴史を共有しない。
また、カリブ・中南米出身とアフリカ出身移民とでは、文化も経験も異なる。アフリカ系
白人もいる。したがって、多様なグループを「黒人」あるいは「アフリカ系アメリカ人」
にくくり、グループ化することには困難さがある。例えば、元国務省長官コリン・パウエ
ルはジャマイカ系移民二世、オバマ大統領はケニア人留学生の父とアメリカ白人女性の母
の子供であり、2人ともアメリカの奴隷の子孫ではない。
一方、まだ「アフリカ系アメリカ人」という表現が一般化していなかった60
年代の公民権運動では、「ブラック・パンサー」「ブラック・パワー」「ブラックは美しい」「ブラック・フェミニズム」等が広がったが、最近でも、「ブラック/黒人の命は大切だ(Black Lives Matter)」運動に見るように、「ブラック」という表現には、アメリカの歴史的かつ現在にも続く黒人差別への強い抗議、黒人の価値化、黒人のアイデンティティの主張が込められているとも言える。本書は、このような用語のもつ歴史、政治性を理解したうえで、「黒人」「アフリカ系アメリカ人」を互換的に使用する。
「ネイティブ・アメリカン」については、歴史的に「インディアン」、連邦政府組織は
「インディアン局」、関連法にも「インディアン」という表現が使用されてきたが、近年は統計でも、一般用語としても「ネイティブ・アメリカン」が使用されている。日本語では「先住民」と表記されることが多い。本書では、歴史的に公的表記となっている場合は
「インディアン」を使用し、それ以外の場面では「ネイティブ・アメリカン」と「先住
民」を互換的に用いる。
第2章は、60、70年代に公民権運動と共に展開した女性運動が、いかにアメリカの社会
制度および人々の考え方、生き方までを根底から変革したかを見る。しかしその変化の大
きさ故に、変化への抵抗勢力も大きく、80年代の保守潮流の中で、女性運動はほとんど消えた。しかし、近年ふたたび女性運動は、過去におけるものとは異なる形で活発化し、社会変革を進める力となっていることを取り上げる。
第3章は、小さいLGBTグループがいかにして短期間に社会的容認、平等権、特に同
性婚の法的承認を獲得したかを見る。近年のトランスジェンダーをめぐる運動の展開にも
触れる。
第4章は、トランプ大統領を誕生させた社会的背景、アメリカ社会の多数の複層的分断
と対立、政権発足と政策の方向を、アメリカの政治制度とイデオロギーに関連づけて分析
する。また、メディアのインパクト、市民の力も分析の対象とする。
政権交代は、単なる政策の変化にすぎないこともあるが、社会体制から理念(人々の考
え方・社会価値・文化・イデオロギー等)までの大きな変化となることもある。人種、移民、所得格差、ジェンダー、LGBT等は、まさに社会体制および理念と深く関連する問題である。オバマの進歩的時代の後に登場したトランプは、保守右派を支持基盤にして、この根底的転換、進歩の逆戻りをねらっている。
社会変化はどの方向へと向かうのか? 変化と抵抗の衝突 ―― アメリカ社会のダイナミズム・動性を理解する上で、今は注目すべき局面にある。
建国以来、保守とリベラルの対立でダイナミックな社会変革を遂げてきたアメリカ。人種や移民、ジェンダー、LGBTの平等化、多様化に向けた運動が、社会を動かしてきました。トランプ政権下の現在も、移民の受け入れやセクシャル・ハラスメント、同性婚の扱いなどをめぐり、議論と衝突が生じています。このようなアメリカの社会運動の歴史と現在を一望にする2月刊『アメリカの社会変革――人種・移民・ジェンダー・LGBT』より、「はじめに」を公開いたします。